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ちゃんすのtumblr

はてブとブログとtwitterとflickrと携帯百景とどのようにすみ分けするか考えながら。

ジョセフ.S.ナイ

「真のリベラリストたらんには真のリアリストたれ」

未来の自分に向けて

最近シュウカツが本格的に始まって、企業さんとかが出しているインターンの案内とか求人案内とかをチェックするようになってすごく違和感を覚えることがあります。それは多くの企業が人材としての成長とかキャリアとかいうキャッチコピーを使って人々の関心をひきつけようとしていること。ものすごい違和感です。よく人から「武末君は成長意欲が高くてすごいね」とか「なんでそんなに意識高いの?」とか言われますが、僕は成長意欲なんてありません。意識も高くないです。僕にとって大切なのはただ1つ、「自分が大切にしたいと思う人(時には自分も含む)をどうやったら喜ばせられるか」それだけです。そのために成長というものが必要だなと感じたら成長できるようにがんばるし、自己の成長のために時間を効率的に使うことよりも人を満足させるために時間を贅沢に使うことの方が大切だと思ったらそうするでしょう。成長なんて結局は手段なわけで、そんなものは人間が自分の人生を楽しむための絶対条件でもなければ、十分条件でもないと思う。意識についても同じことが言えます。どうやったら自分にとって大切な人を喜ばせられるか、そのために今自分がやるべきことは何なのか、そのことについては全力で意識を集中して考えていきたいと思うけど、それ以外のことについてははっきりいってどうでもいいことです。

未来の自分に向けて

で、その京都であったイベントなんだが、改めて一般的に外銀とか外コンとかを目指す就活生とは自分は合わないなと痛感させられました。自分の成長に一生懸命になれる彼らはすごいと思います。僕はああはなれません。自分の成長よりも家族円満の方が僕は欲しいのです。お金はほしいけど、自己投資ではなく大切な人に投資したいのです、子供とかね。このイベントに参加して思ったのは、成長が目的化しないように気をつけようってことですね。つくづく思いました。それがいいとか悪いとかそういうのではなく、僕はそういうタイプの人間じゃないわけだからね。自分を見失わないようにしたいものです。

未来の自分に向けて

インターンで同じチームだったあるメンバーがリーダーには二種類のタイプが存在するといっていた。1つはピラミッドの頂上となるリーダー、いわゆるトップダウン型である。もう1つは円の中心になるリーダーである。トップダウンとの対比で言うとボトムアップ型とでもいえるだろうか。しかし、前者としてリーダーシップを発揮する場合には前提が存在する。それは①能力的にリーダーが部下を超越していること、もしくは②部下から絶対的な信頼が確立していることである。しかし、ふと自分に目を向けた場合、果たしてこの二つの前提のうちどちらかをクリアーすることができるだろうか?できる場合もあるだろうが、今後できない場合の方が多くなっていくだろう。したがって、自分が目指すべきは円の中心になるリーダーであった。

未来の自分に向けて

「この世の中にはお前以外の誰にも歩んでいけることのできない、ただひとつの道がある。その道はどこに通じているのだろうか。そんなことは問うな、その道を行け。」

ニーチェの残したこの言葉には、二つの意味が含まれているように僕には思えてならない。つまりそれは、「予見」と「選択」の限界である。人は自分の目の前にある道がどこにつながっているのか、そしてそれは正しい道なのかと「予見」を試みようとするが、それには限界が必ずある。予見不可能性とも呼べるのかもしれない。また、その「予測」の基に人は道を「選択」しようとする。しかし、結果論になってしまうかもしれないが、道を選択することなど、そもそも不可能なのである。なぜならば、道とは人の歩んできた軌跡にすぎないからである。また、仮に道(ここでいう道とは当然「仮説としての」という前提が付されてしかるべきであるが)が複数存在したとしても、そこにifを提起したところで何も生まれないのである。そうした意味で、そこにはニーチェが言うような意味での「問う価値」というものはないのである。

未来の自分に向けて

っぱり僕は、「コンサルティングとか楽しそうですね」とか、「コンサルタントってかっこいい」とか言っている人の話を聞いていると怖くなってしまうんだよ。だって、自分の意思決定が人の人生を変えるかもしれないんだ。思いをつぶしてしまうかもしれないんだ。そう考えると、かっこいいとか楽しいとかでコンサルティングなんてできないよ。

ただ、それでも僕は、それと表裏一体になっている価値に誇りを持ってコンサルタントとしての第一歩を踏み出したい。つまり、人生を変えるということは、ネガティブにもとらえられるが、ポジティブにも当然とらえられるのである。また、思いをつぶしてしまうかもしれない意思決定の裏には、思いを実現させる意思決定が存在するのである。道のりは間違いなく険しい。しかし、自らに課された責任感と自らに与えられた可能性の狭間で、僕は可能性を常に信じて生きていきたい。それが僕にとっての経営という「生き物」を相手にすることへの決意だ。

20
Dec
寛容になれる裏側には、自らの優位性を疑いもしないという強い自尊心が隠されている。復讐は、恨みという感情から生まれるが、恨みを抱くのは相手を対等に見ているからで、自分より劣った相手に対しては恨みなどという感情は生まれない。故にカエサルは寛容になれるのだ 塩野七生
5
Dec
私は頭を下げるとき、目の前にいるお客様の、目には見えないけれ
ど、その方の後ろにいらっしゃる大勢のまだ見ぬお客様にも挨拶している。加賀屋でいい一日を過ごせたお客様は、きっとご友人やお仲間を紹介してくださる なにかの本
29
Nov
正面の理
側面の情
背面の恐怖 とあるブログ
19
Sep
現在、金持ちな男と同様くらいに金を稼ぐ職業につく予定の女(つまり高学歴・キャリア女の卵)が金持ちの男の卵たちを刈りまくっている光景が実によく
見受けられます。


なぜかというと、婚活がはやりましたね。
そのおかげで、高学歴・キャリアの「自分で稼げるからいいもんね♪ま、いつかどうにかなるっしょ♪」って言ってぼーっとしている女子が売れのこっている姿が赤裸々に世に流布されました。
これを見て、高学歴・キャリア女の卵は焦ったわけです。
これは、どうにもならなそうだ。。。。と。

そして、もともと頭は無駄に良いキャリア女ですから、考え思いついたわけです。
自分がその筋金入りのキャリア女の称号を得る前に、
金持ち男の卵をかってしまおうっと!

世に出たら、もはや女子大出・丸の内一般職の女にはかなうまい。
しかしながら、学生時代なら自分たちの周りには実は原石がごろごろいるし、
うまいことに、女子大もまだまだ社会に出る前にいっちょイケメンで遊んでおくか―と、イケメンの方に流れがち。
正真正銘のお嫁さん予備軍に未ださらされることなく、一人でふらふらしてる金持ち男の卵の前で、ちょっと化粧とかして、頑張って着かざって、お皿にご飯とかよそごうか?とか言っておけば、何だ結構自分もいけるんじゃんか、。


「社会に出る前」 ここがマーケットとして高学歴・キャリア女が最大に自分の武器【高学歴&先見の目】を使って良い獲物が収穫できる場所、と気づいたのです。笑


だから、「きちんと結婚とかしたいです❤」とかいってプリプリした格好をし、なんちゃってお嫁さん候補ぶる一方で、無駄に高学歴でごつい職業に就く女が最近頻出している訳です。
もちろん裏で彼女たちは、さっさと結婚は金持ち男の卵とすまして、家庭を安定させてがつがつキャリアでも積んでやるかーとかおっさんのようなことを考えています。


早婚ばやりの昨今ですが、おそらく早婚の内情は、
この金持ち男・キャリア女の卵カップルが意外に多いのではないかと踏んでいます。

ちなみに、私はこの現象をキャリア女の逆襲と呼んでいます。
女子大女が若さと色気で来るならば、キャリア女は先見の目と高学歴フィールドで
勝負するのです。


もちろんキャリア女のなかにも未だに、「いつか何とかなるっしょ♪」と思って
世の中の流れが良く理解できていない従来型のキャリア女も
いますが、今やキャリア女もこの従来型だけではなくなっています。 はるかたん
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